Thinking like Singing ―― 自由に法哲学 

小林 和之



Act5 民主主義って無謀な企てにカンパイ?


考えてみれば、民主主義というのはムチャクチャである。

万世一系の絶対君主が治める「神の国」からやってきた人から次のように言わ れたとしたらどうだろう。

「民主主義はバカげた制度だ。人間がみな平等などというのは事実に反してい る。人間の能力には大きな差があるのだ。その事実から目を背けた制度がうま くいくはずがない。"民主政治は衆愚政治に陥る危険がある"などというのは、 甘すぎる。民主政治は衆愚政治でしかあり得ないのだ。能力のある人間も、能 力のない人間も同じく一票を持っているほどバカバカしいことはない。真理は 数で決まらない。地球が平面だと思う者がどれだけたくさんいようと地球の形 は変わらない。それなのに、多数決に任せるなら、間違っている人間が多いと 正しい主張が負けてしまうのだ。金融政策にしろ、財政問題にせよ、複雑で専 門的な政策決定を多数決に任せてしまっては、正しい決定が行われるはずがな い。能力のある人間は常に少数であり、凡庸・愚鈍な多数の票の中に埋もれて しまう。

民主主義はうまくいくはずがない。うまくいっているように見えるとしたら、 民主主義が徹底していないために救われているのだ。社会の中を見ても、民主 的な組織ほどダメであり、ダメでも困らない組織ほど民主的である。それは、 お役所と民間企業を比べてみればよく分かる。

だから、民主化が進むほど、世の中はダメになっていく。最近の日本の世相を 見れば分かるのではないか。ストーカーから猟奇殺人に至る犯罪の多発、援助 交際などの道徳的堕落。"小人閑居して不善を為す"ということばがある。自由 は優れた者の特権であるべきで、くだらない人間を自由にさせておくとロクで もないことをしでかすのは当然なのだ。

今までは、経済成長が続いたけっこうな時代だったから、なんとか民主主義で もやってこれた。だが、これからはそうはいかない。'平等な人間が自由に行 動できる'のでは、環境問題は解決できない。貪欲な人間の野放図な行動を抑 制しなければならないのだ。愚か者の自由は地球を滅ぼすだろう。賢明で迅速 な決断が必要なとき、民主主義は対応できないのだ。」

さて、どんな感じだろう。
少し前に総選挙があった。選挙が茶番劇であると感じる、そこまでいかなくて も、ある種のバカバカしさ・もどかしさを感じる人は少なくないようだ。そう いう気分が残っているときに聞くと、上のような主張にもいくぶん説得力を感 じてしまうかもしれない。

上の主張には論理のすり替えがあるし、イチバン重要な点を論じていないとい うとても大きな欠点がある。とはいえ、民主主義の欠点について批判している 中にいくつか重要なポイントが含まれているのも確かだ。

民主主義って、日本人には分かりにくいみたいだね。

総選挙の後、デイブ・スペクターという人(タレント? 評論家?)が、こんなふ うなことを言ってた。

商店街で握手してもらったから投票するなんてオバチャンがいるんじゃねぇ。 民主主義は日本にゃ早すぎたんじゃないの*1

実は、こういうレベルで言うなら、アメリカだって大して誉められたもんじゃ ないって言い返すことはできる。でも、"ダメなのはオレだけじゃない"ってい う不毛の言い合いはやめて、違いはないかって考えてみると、確かにアメリカ 人のほうがはるかに民主主義を分かっているという気がする。しかもカラダで わかってるって感じがする。

大学で「法学」の講義をしていてよく思った。ああ、民主主義についてワカッ テナイ。

いわゆる「偏差値の高い」大学でも、そうじゃないところでも、この点につい て差はなかった。まあ、しょうがないのかもしれない。だって学校(が学生の 経験の大部分)って民主主義とはほど遠いところだもんね。それでも、学校は、 「社会」*2よりもマシかもしれないんだけど*3

試験で補助問題*4としてこんな問題を出したことがある。

「日本を民主主義国として100点満点で採点し、その点数をつけた理由を述べよ」

もちろん、何点を付けたか自体は重要じゃないんだけど、高い点数をつけた答 案ほどデキが悪いという傾向はかなりはっきりと見受けられた。まあ、アタリ マエか。問題点が見えてないっていうことだから。

さて、かなり高い点数をつけて、その理由として「円高で車がよく売れている から」と書いた答案があった。ある公立医科大学の学生のものだ。「円高答 案」としてわたしの記憶に残り、講義のネタにされ、さらにはメールマガジン でまで使われてしまったのだから、とても役に立ってくれた答案と言っていい かもしれない。

これはもちろん極端な例なのだけれど、それに近いものは珍しくなかった。い い点数をつけて、"治安がいいから"、"豊かだから"という類の理由を挙げる答 案はけっこう多かったように思う*5

しかし、民主的かどうかと、治安がいいかとか豊かだとかは別問題だ。豊かで 治安のいい独裁国家というのは、あり得ない話ではない。それどころか、治安 の良さは、民主主義と矛盾する面もあるかもしれない。SFで出てくるような、 国民の生活全てをビデオカメラで監視する全体主義国家の治安はとてもいいだ ろう。そういえば、ロシアは「民主化」してから治安がひどく悪くなったとい われる。また、豊かさの実現のためには、経済発展の初期段階では独裁的権力 が有効であるという考え方がある。強力な独裁的体制で地方のボスを押さえ込 まないと、結局多くの人は貧しいままであるというのはあり得る話だ*6

さっき言ったような答案を書いた学生には、民主主義国として採点する場合に、 どういう点に注目すればいいのかが分からなかったようだ。どうも、「民主主 義=イイモノ」−「民主主義国としてすぐれているか=イイ国かどうか」− 「日本は治安が良くて豊かなイイ国=民主主義国としてすぐれた国」というよ うな連想で答案を書いたようだった。

補助問題を選択した学生には、たぶんほとんど勉強せず、講義にも出席しなか った学生が多かったと思う。試験の時に、わたしは補助問題に答えるより、ホ ントの問題をよく考えて書くことをすすめたから。ホントの問題について、あ んまり書くことができず、時間があまった場合にだけ選択した方がいいと言っ たから。

講義の中では、「民主主義は"good"ではない。しかし"best"である」というこ とは言っておいたんだけれどね。ただ、わたしの講義に出席していても、受動 的に聞いているだけでは、どういう意味でわたしが扱っている問題が民主主義 と結びついているのかは分からなかったかもしれない。わたしの講義は、抽象 的な理論を説明するというより、具体的な問題を取り上げてその扱い方を論じ る、というものだったから。

逆に、抽象的な議論を講義したら、多くの学生にとっては点が取りやすかった だろう。講義の内容を暗記して書くというのは得意だからね。そして、学生は、 最初「法学」とか人文・社会科学の勉強というのはそういうもんだと思ってい る。ムリもない。受験勉強で社会科は暗記物だから。社会の問題について頭を 使って考えるという発想はなかなか出てこない。そういう経験をしていないか ら。学校や地域社会の問題に関わって、自分で知恵を絞ってなんとかするとい う経験をせずに大学に入ってくるから。

民主主義なんてちっともイイもんじゃない、と言うと少し言いすぎだろう。で も、かなりアブナイことをやっているということは自覚しておいた方がいいか もしれない。多数決でものごとを決定するとき、能力のある人間がよく考えて する意志表示も、能力のない人間が考えなしにおこなう意志表示も、おなじく 一つとして数えられるのだ。これは不合理じゃないのか?

この点をきちんと説明しようとすると、話が長くなりすぎるので、今は「不合 理な面がある」とだけ言っておくことにしよう。とはいえ、民主主義はその点 についてまったくの無防備ではない。

民主主義ってナニ?*7

もちろん、これにはいろんな答え方があるのだけれど、日本の場合は小学生に 聞いても大学生に聞いても、返ってくる答えがあんまり変わらないという特色 がある。

それは、多数決です*8

多数決が民主主義にとって重要なルールであることは確かだ。民主主義は、 「頭をぶち割る代わりに頭(数)を数える」ことだっていう言い方があるくらい だし。でも、注意しておかなければならないことがある。それは、多数決は必 要悪だってこと。必要だけれど、悪なんだ。

ただ単に数の多さだけで決めるなら、判断の質ではなく量が物事を決める、と いう欠点がそのままむき出しになってしまう。多数の横暴、数の暴力。

あることを多数決で決めることが民主的であるためには前提がある。それは、 決を採る前にきちんと議論をするということだ。議論の中で全員が納得する結 論が出せたなら、決を採る必要すらなくなる。本当に望ましいのはそういう場 合だ。ただ、全員が納得するまでいつまでも議論を続けるというわけにはいか ない。だから、かならずしもいいことではないけれど、少数の意見を退けて多 数の意見に従って決定をするのだ。

民主主義で大事なのは議論すること。

議論というと、勝ち負けのイメージがつきまとうし、結局そうなる場合も多い のだけれど、理想を言えば違う。対立する主張をぎりぎりまでぶつけ合って、 それぞれが最初思っていたのよりもすぐれた結論を生み出す。そういう創造的 なコミュニケーション。それが民主主義が理想とする議論だ。だから、質の低 い意見によって決定されるということは本来は無いはずのことなんだ。現実に はそうもいかないのはみなさんよくご承知の通りだけれど。

民主的決定の場は、質の低い意見を淘汰し、より質の高い意見を生み出す想像 の場である。

さて、やっとRBとつながったね。そう、RBはいくつかのレベルで民主主義 の実験でもあるのだ。RBが「穴の開いたシステム」として出発しなければな らない理由もお察しいただけただろうか。

もちろん、RBは単に民主主義のシミュレーションをするものではない。わた しは「民主主義の先」を見ようとしている。少なくとも、従来の民主主義の先 を。民主主義には確かに大きな欠点がある。はたしてそれは補完できるのか。 それともさらなるブレイクスルーが必要なのか。RBは、そのことを考える上 での実験でもあるということだ。

さて、ようやくRBにたどり着いたところで、以下、次号!*9





*1 テレビ番組で偶然聞いただけなので、細かい点で記憶違いがあるかもしれ ない。その点ごカンベン。しかし、日本のテレビでは「ガイジン」がひとつの ジャンルになっている感じがあるね。

*2 社会人っていうことばがあるよね。これは、英語などの外国語にはほとん ど翻訳できないコトバだ。学生って社会の一員じゃないの?

*3 日本の男女平等についての意見は、大学1年生のときと4年生のときとでは 大きく変わる。学校の中しか知らない状態と、学校の中から「社会」に接した ときではやっぱり感じが違うようだ。そして、学校から出るとさらにまた違っ てくるみたい。

*4 補助問題というのは、ホントの問題は別にあるから。ホントの問題はこん なにおおざっぱじゃないよ。それを100点満点で採点するわけだけど、わたし の問題はけっこうムズカシイ(とよく言われた)。しっかり頭を使って考えない と答えられないように工夫したし、記憶力勝負にならないように、資料をA4で 何枚か、時には10枚以上もつけたから、学生によっては資料を読むだけでもタ イヘンだと思っただろう。まあムズカシイと思われるのも仕方がないかもしれ ない。たしかに、あんまりできが良くない。1度だけだけれど、合格率が10%を 切ったことがある。追試とかレポートとかで、努力すれば単位が取れるように 配慮はしていたけれど、不合格率が高いとこっちとしてもタイヘンだ。それで、 本来の問題は十分に答えられなくても、とにかくなんらかの努力をしていれば 答えられるような問題を用意したわけ。配点を20点にして、その範囲で不合格 を救うためだ。わたしはこれを「蜘蛛の糸問題」と呼んでいた。
 なお、ホントの問題を見てみたい方は、次のURLをどうぞ。
    http://www.hat.hi-ho.ne.jp/keitoh/exam.htm

*5 ちょっとコワイのは、このメールマガジンを読んでくれているあなたに、 上のような答案がどれほどピントはずれかがちゃんと伝わるかなんだけれど。

*6 もちろん、無関係でないと論じることはできる。だから、日本の民主主義 が治安の良さとか豊かさとかにどのような形で役に立っているかを説明できれ ばいい点をあげられたのだけれど。

*7 この質問はとても乱暴で、不適切といってもいいのだけれど、適切な質問 の仕方が適切な方向に答えを誘導してしまいがちな場合には意味がある。

*8 さすがに大学生だと、もうちょっとだけ付け加えることができる。でも、 ほんのちょっとだけだ。これについては、情けない思いをしたことが何度もあ るぞ。

*9 前回からイキナリ「短く」なったので不審に思っている人もいるかもしれ ない。編集部との申し合わせであんまり長くしないことにしたのだ。確かに、 私の連載に興味のない人にとっては長いとメイワクだからね。


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