| JapanMailMedia 035F号から転載。 |
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■ 特別寄稿 山本芳幸 No.4 「二つのデッドライン」 ●略奪と公的資金 > From: ryu murakami > いくらパキスタンが土地が安いからって、180ヘクタールって何ですか? 何なんでしょうね、180ヘクタールの敷地・24の建物・27部屋って? いくらパキスタンの物価が安いといっても、日本風に言えば4LDKのこじんまりした庭付き一戸建てをイスラマバードで買おうと思えば、土地を含めて600万円くらいします。坪数で言えば、40坪くらいでしょうか。それの約13636倍ですから、単純に値段も13636倍とすると、818億円以上になりますよ。どうするんですか。 シャリフ前首相がどうやってこの「自宅」を手に入れたか知りませんが(正当な経済活動の報酬によるという可能性も含めて)、上に書いたような冗談としか思えない話が現実に起こっているのがパキスタンだったわけです。その踏み倒し総額は、3560億ルピーと10月24日の新聞に出ていました。USドルになおすと約69億8千ドル、日本円で約7469億円です。この総額の約3割を、たった322のファミリーもしくはグループ---例えば、ブットー一族とかシャリフ一族というようにまとめたのだと思います---が負っているそうです。日本で金融機関救済のために投下された公的資金は7兆5千億円だそうですが、それに比べたら約10分の1です。しれているかもしれない・・・。 しかし、経済の規模を見ると、これは結構ひどいことになっていたと思います。 ところで、日本の不良債権の話はJMMの議論でも相当つっこんで議論されてきましたが、僕は実はいまだにあのお金はどこ行ったんだということがピンと来ないんです。あれだけ言っても分からないかと言われそうですが、どうも酒飲んで寿司食って無くなる程度の額じゃないと思考能力の限界を超えてしまうようです。とにかく、もうどこにも無いらしいから国が払うことになった、つまり僕の払った分も含めてみんなの税金で他人の借金払ってやったというイメージなんですが、しかし、お金が無くなるってどういうことなんですかね。一円、一円に寿命があって、やがて死ぬんなら分かるんですが、お金が死ぬわけないでしょうし。無くなったっていったって、どこかで密かに(おおっぴらに!?)生きているわけですよね。そのお金がどこにいるんだということが、なかなかピシッと分からない。信用取引などない時代なら、一つ一つのコイン ともかく、パキスタンではとんでもない額の借金がいったんは踏み倒されたってことなんですが、これをムシャラフ政権は今、懸命に調べていて、全部取り返そうとしているわけです。取り返すんですよ、取り返す。やばい銀行に公的資金を注入して救うんじゃなくて。分かりやすいなあ、と僕は思った。どこ行ったか分からないんでなくて、まだちゃんと分かるわけです。ある銀行員は新聞記者のインタビューに答えて、こんなふうに話していました。この巨大な借金を返していない人達というのは、いつでも返せる人たちなんです、お金は持ってる、だから返せるはずなんですが・・・。 地元新聞は、この巨大な借金を踏み倒して逃げ切ろうとしている人達のことを、「融資を受けた」ではなく「略奪した」者という言葉で表現しています。分かりやすい。ムシャラフは、この「略奪者たち」に11月16日までに自主的に返済する猶予を与えています。それを過ぎても返さない奴に対しては、アクションをとると。どんなアクションなのかは言明されてませんが、これはちょっと注目してます。 約7469億円の不良債権の中には、確かに「略奪」としかいいようのないものもあり、それがほとんどパキスタンの物価水準から考えれば想像を絶する巨大なものなのですが、普通の並みのまじめな融資が焦げ付いたという例もあります。そのほとんどは零細農家で、借金の額は日本円でいうと一件で1万円とか2万円という額なのですが、多くは綿花の不況で返せなくなってます。パキスタンでは、公務員や会社員の初任給が5000円前後ですから、1万円〜2万円というのは結構大きな額なのです。 困ったことに、巨額債務者が借金を返したという例は新聞にはトンと出てこないのですが、こういう貧農が今、農業開発銀行などの金融機関に急き立てられて、パニックに陥り、土地、家屋、挙句の果てに農機具まで売って借金を返しているという記事がありました。ある一家は15000ルピー(約3万円)の借金を返すために、唯一の財産である、つがいの牛2頭を売ってしまった。弱みにつけこまれて買い叩かれたものだから、12000ルピー(約2万4千円)にしかならなかった。足りない。借金返せない。農業も続けられない。どうしよう、という悲惨な話も出てました。記事の論調は、こういう貧しい農家をいじめてはいけない、彼らは略奪者ではない、略奪者とまじめな債務者の間に線を引いて対処するべきだというものでした。 ●もう一つのデッドライン 前節を書いたのは先週なんですが、僕が心配するまでもなく、ムシャラフは月曜日(11月1日)の記者会見で「貧農保護」を打ち出し、我々が狙っているのはBig fish であるというような言い方で、大富豪の踏み倒し組を逃がさない決意を示していました。 ところで、借金のデッドラインの他に今もう一つ気になるデッドラインがあります。こっちの方はアフガニスタンに関することです。10月15日、国連の安全保障理事会は、タリバンがオサマ・ビン・ラディンを1ヶ月以内に引き渡さないと、国連加盟国による制裁を開始するという決議を出しました。原案を書いたのはもちろんアメリカです。制裁の内容はタリバンが運営する航空機(アリアナ航空といいます)の発着を加盟国は禁じる、加盟国にあるタリバンの銀行口座、資産をすべて凍結するというものです。要するに、タリバン封じ込め策を発動するということです。このデッドラインが11月14日です。 もう20日が過ぎましたが、この間色々な外交劇がありました。まず、タリバンの最初の反応は、イスラムを裏切るようなことはできない、というものでした。つまり、タリバンの論理は、助けを求めてやってきた客人に庇護を与えるのはイスラムの教えである、であるから、オサマをアメリカに引き渡すというのはイスラムの教えに背くものである、我々はいかなる犠牲を払ってもそのようなことをする用意はない、というものです。また、タリバンは、アメリカもしくは国連が我々に経済的、軍事的圧力をかけて要求が通ると思っているなら、それは間違っている、と言っています。 まったく予想された反応で、『カブール・ノート』No.4 で書いたようなことを知っている人なら驚かなかったと思います。むしろこんな決議を出したことに僕は驚きました。アメリカはすでに単独で経済制裁に踏み切っていたのですが、まったく効果はありませんでした。それで、アメリカは国連を巻き込んだというわけですが、目的を達成する見こみがほとんどないだけでなく、全然国際政治に関係なく餓死寸前でなんとか生き長らえている人達を一番先にヒットするようなことをするとはトホホ、と思ったのです。もう少し慎重になるべきではないかと。もっとあざとい感想を言えば、ああこれでまた仕事がしにくくなる、というのもあったのですが。 一般的に言って、「経済制裁」は目的達成という点では全然効果ないじゃないか、経済的には確かに打撃を与えるのだけど、それはほとんど直接にかつ痛烈に一番貧しい人々に打撃を与えて、制裁を実施する国に対する反感を煽るだけに終わる、と僕は思っています。第一次世界大戦から1990年までの間に115の「経済制裁」があったそうですが、そのうち部分的にでも成功と言えるのは、たった34%だそうです。この115件の「経済制裁」を1973年以前と以後に分けると、73年以前の成功率が44%であったのに対し、73年以後の成功率はなんと 14%だそうです。これは素人の直感にかなり一致しています。つまり、「経済制裁」の効用は凋落傾向にあるのですが、これに加えて、「経済制裁」は友好国間では効果が高いが元々友好国でなかった場合は効果が非常に低いという研究結果もあります。アメリカのキューバ、イラク、アフガニスタンなどに対する「経済制裁」の失敗がそのよい例でしょう。ちなみに115のうち77件がアメ リカによる経済制裁です。(「経済制裁」の研究に関しては、Institute for International Economicsを参考にしま した。) 話がそれましたが、アフガニスタンの話に戻ると、今カブールの郵便局は男女が長い列を作ってごったがえしています。というのは、アリアナ航空が外国へ飛んでいけなくなると、外国への郵便物が届かなくなる、そうなる前に外国にいる家族や友人に手紙を出したいというわけです。約20年の戦乱の間に、難民として隣国で生活するようになったアフガン人だけでなく、欧米に移り住んだアフガン人も相当います。正確な人数はわかりませんが、メディアでは数百万という数字が出ています。電話線が寸断されているアフガニスタンでは、こういう外国にいるアフガン人とアフガニスタンに留まっているアフガン人との間の唯一のコミュニケーション手段が郵便なのです。衛星電話という手もありますが、普通のアフガン人は普通の日本人と同じようにそんなもの使わないでしょう。一度は大見得を切ったタリバンですが、この事態を重視したのか、制裁の中から郵便だけは除外して欲しいと国連に申し入れしました。が、今のところ、何も反応はありません。 10月19日、ワシントンでタリバンの代表とアメリカ国務省の間でオサマ問題に関して、話し合いが持たれました。そこで、タリバンは、アフガニスタン、サウジアラビア、その他のイスラム国の宗教家が集まり、オサマ問題の解決方法を討議するということを提案したのですが、アメリカを拒絶しました。タリバンにとっては、オサマを庇護するということはイスラムの教えの問題であるので、宗教的な自殺行為(オサマを追い出す)をなんとかして避けなければいけないわけです。そこで宗教家によるなんらかの決定が欲しいということになる。 ところで、オサマ・ビン・ラディン自身もタリバンの窮状を見かねたのか、10月15日の国連安保理の決議が出た後、タリバンに「もうアフガニスタンを出て行く」という手紙を出しました。それには二つ条件があって、一つはアフガニスタンを安全に出国できるようタリバンがオサマを護衛すること、もう一つはオサマの行き先を誰にも言わないこと、というものです。なんだか当たり前すぎて、ほのぼのとしたものを感じてしまった。タリバンはこれに対して、オサマのその決心がなんらかの外からの圧力によるものでなく、自由な意志決定によるものであることを確認できるかぎり、オサマが出て行くのを止めない、と発表しました。しかし、これに対してアメリカはまったく関心を示しませんでした。 10月15日以来、タリバンが新しい提案を出す、アメリカが拒絶するという同じパターンが続いていたのですが、結局オサマがアフガニスタンを自ら出国する用意ができたにも関わらず、アメリカの態度が軟化しなかったために、タリバンはアメリカはオサマ問題を解決する気が無い、オサマを口実にしてイスラムを敵視しているだけだと言っています。なんでこんなにこじれてしまったのか。この20日間のアメリカとタリバンの応酬に、両者の基本的姿勢が顕著に出ています。が、長くなるので、また次回に報告します。 |