私たち友人(”つれ”と読んだほうがピッタリくる)はみんな彼に恋してる。
著者、山本芳幸には不思議なパワーがある。
私は奇遇にも彼と中学・高校を同じ学び舎で過ごした。彼はいつも自由奔放で 何者にも屈することなくマイペースで、ウイットにとんだ面白さを持っていた。
ただ、自分に正直すぎることや世の中を斜めに見る目も純粋すぎて、私自身は 一点の曇りもない透明なガラスのような危なっかしさを常に感じていた。
”all or nothing”(全か無か)。ずーっと空欄だった同窓会名簿。いっ たい どこで何をしているのか・・・透明なガラスが粉々に砕け散っているのか、
透明なままどてらい事をしているのか。all or nothing・・・中途半 端はない だろうと思っていた。
彼は何をしても、どこにいても山本芳幸であった。 そして私たちは彼の不思議なパワーにまた吸いよせられ、四半世紀の時空間を埋めるかのように集まりだした。
すごく自然に彼はパワーアップしていた。私たち凡人が平面的(あるいは一面的) にしか見えないものを立体的に見る。世の中そのものを立体的に見ようとしている。
その立体の中身まで見ようとしている。 ”人権”という視点も立体的である。(「カブール・ノート」NO.5の”文化として の人権”を ぜひ、一読してもらいたい。)
私は大きな誤解をしていたようだ。透明なガラスなどと勝手な想い違いをしていた。 彼は一点の曇りもない透明な"ステンレス"(こんなものがこの世に存在しないが)
だったのだ。 肩書きも役職も彼にとっては何の意味もない。それらは彼の後を知らぬ間についてく る。 「カブール・ノート」は透明なステンレスの彼が見て、感じたそのままを書いた本に
すぎない。
読み終えた後、私たちは言うだろう。「やっぱり、山本芳幸だわ。」と。(私もそう 思ったから) そして、また私たち友人(つれ)はみんな彼に恋をするだろう・・・