The Quetta News
06 官僚主義(1) 11 Mar. 1993

 

  出張の命令を伝える事務長からの電話が僕の部屋に入った瞬間から、しばらく電話は鳴りっぱなし、次々にいろんな人がを僕の部屋を出入りし始め仕事にならなくなる。この一瞬の花火的大騒ぎの原因が国連名物の一つ、細分化され過ぎた分業態勢である。

  「Mr.YAMAMOTO will be on mission!」という連絡は一瞬でクエッタ、イスラマバ−ド双方の全てのセクションに伝わり、一斉にそれぞれ担当の仕事を始める。飛行機の予約をする人、そのチケットを取りに行く人、それを僕に渡す人、空港までの車の手配をする人、実際に車を運転する人、お金の準備をする人、出張先の迎えの手配をする人、実際に迎えに来る人、出張先のホテルを予約する人等など、これらが冗談みたいだけど全部違う人によって行われる。そしてそれぞれが飛行機の予約が取れたとか、どのホテルにするかとか、要するに確認に過ぎないようなことでみんな電話してくる。出張命令書、出張認可書、旅程指定書、旅費認可書、出張費支払方法指定書、等々が次々に部屋に運ばれ、片っ端からサインする。そして出張先からは全ての確認が呆れたことに別々にテレックスで入ってくる。これらの書類を持って事務所内の文書運び専門家が走り回る。ここまで大量の人間を注ぎ込んで大騒ぎして、結局迎えの車が来ていなかったりすることもある。分業が明確でよく組織化されているのは事実だけど、どうも僕には一人の人間が全部やった方が確実で効率的なように思える。やっぱりこれは壮大な無駄ではないのだろうか。

  こういう極度な分業のおかげで、自分の仕事の領域の少し外ではいったい何が行われているのかさっぱり分からないということになる。しかも、自分の給料とか福利厚生とかに関する手続きについてはさっぱり分からないのだ。これはあそこの担当、あれはそこの担当とか言われて、なんとなくいろんな人がいろんなことをやってくれてるんだなという程度の理解しかできない。例えば、僕は自分の給料日がいつなのか、そして正確な額がいくらなのか今だに分からないのだ。しかも自分でお金をおろしたこともないし通帳もないので、おろし方も残高も分からない。誰にきいても違う日をいうし、自分の給料がいくらかなんて、ジュネ−ブまでテレックスを打つわけにもいかないし。いろんな調整手当ての計算が複雑でその計算に使う指数がしょっちゅう変わるので、結局ジュネ−ブにいる間には分からず、これぐらいでしょう、なんて言われてそんなものかと思ってパキスタンまで来てしまった。

  ともかく、わけが分からなくても、お金が必要な時は何とかしないといけないので、秘書を呼ぶ。そして秘書に言われる通りに小切手に金額を書込み、サインして渡す。するとその先は僕には計り知れない迷宮なのだけど、とにかく秘書はその小切手を誰かに渡すのだろう。そして誰かが銀行に行くのだろう。そして引き降ろされたお金は事務所に運ばれ、別の誰かに渡されるのだろう。そして最後に全然見たことのない人がお金を持って突然僕の部屋に現れるということになる。途中でお金がどこかに消えて無くならないかと心配なのだけど、まだ今のところ無くなっていない。

  こういう超分業態勢のまどろっこしさに頭にくることもある。例えば、部屋の掃
除。ここに赴任した当初、前任者の趣味の悪さ、書類の整理の悪さ、掃除のでためさにうんざりして、徹底的に改造することに決心した。そして、壁のあちこちにぺたぺた貼られた、くだらない紙屑(雑誌の付録の地図とか、首相の肖像画とか、休日出勤当番の予定とか)を全部ひきはがし、家具のレイアウトを変えた。ここまでは良かった。そして次に書類を全部整理しなおすために秘書にファイル等文房具をいくつか持ってくるようにと頼み、机の拭き掃除から始めようとしたら、秘書がエライ剣幕で「自分でしてはいけません!掃除人にやらせなさい」というので、僕は目の前の埃をサッと早く拭き取りたいという衝動に駆られながらも他人の職域を尊重することに同意し、しばらく埃をじっと見ながら掃除人を待つことにした。
 
  しかし、待てどくらせど掃除人はやってこない。そして終業時間間際になってやっと、白いタ−バンをまいた若者が50年代のプレスリ−の映画に出てきそうな旧式の巨大な掃除機を引きずって、片手に真っ黒のボロ布を持って現れた。僕はその頃には相当イライラしていて、執拗に細かく、例えば、冷蔵庫の中を真っ白になるまで完全に掃除することとか、いちいち指を差して、あの窓とこのテ−ブルをちゃんと拭くこと、とか指示して、明日中に必ず仕上げるようにと云ってその日は帰ることにした。

  次の日、部屋に入って僕は頭にカッと血が上った。あの窓をきれいにしてくれと云って指さした窓は、指差したその窓ガラス一枚だけがきれいに磨かれ他の窓ガラスは埃まみれのままだった。バカかあいつは、と憤りながら冷蔵庫を見て僕は完全に頭にきた。

  冷蔵庫の中は真っ白になっていたけど、冷蔵庫の外側はまるで触るのを避けたかのように埃がそのままきれいに残っていた。「なめとんか、われえ」と頭の中で叫びながら、すぐに秘書を呼び、事情を話すと、「ああ分かっていなかったんでしょう」と何でもないように言う。拍子抜けするなあ、もう、と思いながらも、すぐに掃除人を呼べと云ってから、僕はムカムカしながら埃まみれの窓ガラスをにらんでしばらく座って考えていた。

  あの掃除人は本当に分かっていなかったんだろうか、それとも嫌がらせのつもりなんだろうか、後者ならクビだ、断固としてクビだ、などと思いながら待っていると、秘書と白いタ−バンが入ってきた。

  掃除人はあどけない顔をしてキョトンとしている。まだ十代だろう。僕があの窓ガラスだけじゃない、このガラスもこのガラスもこのガラスもこのガラスもこのガラスもこのガラスもこのガラスもこのガラスもこのガラスもこのガラスも、、、と一枚づつ指摘していっても、まだタ−バン少年はキョトンとして初めての仕事を一生懸命覚えるような顔をしてガラス一枚につき一回ずつコックリコックリとうなづいている。やれやれこいつはホントに分かっていなかったんだ、と思って机に戻ると、秘書が何やら紙を持ってきてサインしてくれという。何だときくと、文房具請求の申請書だという。事務所内の文房具をもらうのにいちいち書類だとおお!もう〜、イイカゲンにしてくれえ!走って買ってこい!

  ・・・あれから3週間。掃除はまだ終わっていない。ファイルはまだ届かない。
そして、イスラマバ−ド出張。もちろん僕は自腹で大量の文房具を買い込んだ。