The Quetta News
02 青い空・砂色の街、クエッタ 26 Feb. 1993

 

 長い、長い20日間に渡る旅程ー東京・フランクフルト・ジュネーヴ・アムステル
ダム・カラチ・イスラマバード・クエッターも、とうとう終わりだなあ、と下手なポ−カ−みたいな脳味噌の総替え的激動の20日間を思い出しながら、飛行機の窓から外を見ていたら、「ああ、あれがクエッタの山」と隣の席のパキスタン生まれのバハイ教徒のイラン人の女性が呟いた。

  こういう長い形容詞の意味も20日前の僕には何の意味も無かったけど、今ではそれだけでほとんどその人の個人史から教育レベル、家族構成に下着の色まで推測できる。なんとまあ、徹底的な訓練だったことか。

 それはともかく、山には雪がかかっていた。それ以外はまったく茶色一色で、うねうねと地面が上がったり下がったりしているだけだ、と思ったら、よく見れば、同じ色の壁みたいなものやら、箱みたいなものが所々にある。これが家か。ほんとに一色の世界なんだ。ああ、とうとう来た、これこそ待ちに待った世界だ、と感動に浸っていたら、さっきの隣のイラン人がとろけそうな美貌で「恐いの?ハハハ」と言いくさった。雰囲気もくそもありゃせんわ、まったく。女は世界中どこ行っても、男のロマンをぶち壊す。

 この度が過ぎる美貌の持主は飛行機に乗ってから、ずっと喋っていた。

 「あんた誰に雇われたの?日本政府?国連?」
  「国連。」
  「給料どうやってもらうの?ドル?円?ルピ−?」
  「30%ルピ−でパキスタンの口座に、70%ドルでスイスの口座に。」
  「へええ、そのドルは後でちゃんと受け取れるの?」
  「そりゃ、そうだ。」
  「この飛行機代は誰がだすの?」
  「国連。」
  「ホテル代は?」
  「国連。」
  「やっぱりねえ。あんたアメリカで教育受けたの?」
  「うん。いろいろ。日本とイギリスも。」
  「法律の学位あんの?」
  「ある。」
  「お父さん何してるの?」
  「引退。」
  「その前は?」
  「会社員。」
  「あたしは薬剤師なの。主人は医者で、息子と娘が一人ずついてもう終わりにするつもりよ。だいたいみんな子供作りすぎるのよね。この辺じゃ、10人ぐらいざらだから。だから、子供に靴も履かせられないし、きれいな服も着せられないのよ。もっと考えればいいのよ。」
  「それは大問題だ。」

  というようにまだまだ続いていたけど僕は途中でニューズウィークに子供の病気の記事が載っていたのを思い出し、それをバッグから出し貸してやったら、二児の母親に戻り記事に熱中してやっと静かになった。僕はもちろんすかさずウオークマンを出して聞き始めた。しかし、着陸が近づいた頃、景色に見惚れて、うっかりウオークマンを耳から外していたのを彼女は見逃さず、「恐いの!」の一撃を放ったのであった。因みに、彼女は我々の仕事を手伝ってくれるNGOの一つで難民のカウンセラ−をやっている。難民も色々大変だな。

  タラップから地面に降り立つと、兵隊が大きなマシンガンを持って飛行機を守るように立っていた。空からも戦闘機がカマボコ型一機専用ガレ−ジのようなものと共に砂色の上に点々と散らばっているのが見えたけど、ここは軍事的に重要な所なんだろうか、ではなくてそうなのだ。飛行機から少し離れるとスズキの軽四の屋根にマシンガンを付けて兵隊が飛行機を背にして、いかにも大変だ、というような顔で見張っていた。しかし、どうもカッコついていないなあ。緊張しているのか、のんびりしているのか、よく分からない雰囲気。

  ああ、言い忘れた。空港からは、青い空、白い天辺の茶色い山、砂漠の地平線が何も遮るものなく見える。美しい。そして、田舎のJRの駅みたいな国際空港をぬるっとチェックアウトし、とうとうランドクル−ザ−に乗って例のパキスタン的無謀運転で快晴の荒野に飛び出した。とばす、とばす、このドライバ−。ヒッヒッヒ、ハッハッハと陽気に笑いながら、次から次に先行車を牛蒡抜きにして、ボンゴボンゴと跳ねながら、青い空の下を砂まみれになって走って行く。ああ、気持ちいいなあ。道路標識にもう英語はない。クニャクニャ文字ばっかりだ。これは大至急、文字を覚える必要があるな、と思いながら、まったく西洋近代文明に侵されていない町並みに見惚れる。完璧だ。数十頭の羊が車の横を走って行く。ロバが車を引いている。何の肉だがわからないけど何かが軒先にぶらさがっている。砂色の壁、砂色の店、砂色の街に砂色の人がしゃがんだり、歩いたり、要するに生きている。僕は、もうヤッタ、ヤッタと叫びたい気分だった。歓喜だ。ホンモノの歓喜だった。何年間も味わっていなかった、あの。

  そして、同乗の国連職員の「あれがセレナだよ」の言葉に振り向き、それを発見した瞬間から僕は強烈な連続的ショックで数時間神経マヒ状態になってしまうのであった。