■『筆の匂いと、猫のあくび』 第5回目    入口未母
    ―――橋本さんは踊ってください―――



仕事の打ち上げの席で隣りに座っていた橋本さんという40代後半の男性と映画 の話になった。

「アメリカン・ビューティーがとっても良かった」

とわたしが言うと橋本さんは驚愕の表情で、

「なんであんなの良かったんだ? 最悪でしょう。あんな暗い映画はアメリカ の映画じゃないよ。見終わってから暗澹たる気持ちになった。やめてくれよぉ」

などと物凄い勢いで拒否反応を示したのであった。

「いや、アメリカン・ビューティーはいい映画だった。嘘がないもん」

とお互いに反論し合い、近くにいた人々はわれわれの話を面白そうにニヤニヤ しながら聞いていたのだった。
橋本さんは娯楽として映画を楽しんでいるので、この映画のリアリティが辛か ったのだそうである。
アメリカの映画はもっとダイナミックで楽しくなきゃいかん、という姿勢であ る。橋本さんにはまだ何処かアメリカに憧れている部分があるのかも知れない。

わたしが子どもだったころ「奥様は魔女」というアメリカのホームコメディド ラマが放送されていた。

広くて明るい家と大きな車。デカイ冷蔵庫にふかふかのソファや装飾的なイン テリア。主人公のサマンサはいつもカラフルでおしゃれなワンピースを着用し、 それはまるでお出かけ用の服のように見えたが、専業主婦の彼女はそのままの かっこうで家事をこなしたり、ホームパーティの準備などをするのであった。 サマンサの夫であるダーリンは広告代理店に勤務するスマートでユーモアのあ る(ホントはちょっとマヌケに可笑しい)男性で、二人は仲の良い夫婦という 設定であった。

わたしは子どもだったので、サマンサは魔法が使えていいな、と思うくらいで 別段アメリカの生活や文化にまでは目が行き届かず、それほど感心した記憶は なかったが、日本で暮らす自分ちの日常とはずいぶんと違う、とは感じていた。 けれどもそれは別世界アメリカの、あるいは絵本で読んだ外国のおとぎばなし のような感覚と同じで現実世界とは一線を画すものであった。
そもそも奥様のサマンサ一族は魔法使いなのだから、そんなもんはウソに決ま っていると思って見ていた。

それから7年ほど過ぎたローティーン時代、輸入盤レコードあさり小僧と化し ていたわたしはロスアンジェルスという街では自殺率が世界一高いということ を知ったのであった。
関連性などないかも知れないが、カリフォルニアは空が青くて健康そうなのに なんで自殺者が多いのだろうか?と不思議に感じていた。

だが思春期だったわたしには、それについての分析はできなかったが、その一 方で、空が青くて太陽さんさんのカリフォルニアに自殺者や殺人事件が多いと いう事実にすんなりと納得することができたのであった。
病んだ都会のいたる場所から嘘がポロポロと剥がれ落ち、生き続けることの難 しくなった人々が死んで行く。そういう現実に憧れにも似た気持ちを抱いてい たのも事実だったと思う。

もう1年以上も前のことだけれど、久しぶりにアメリカに行った。とは言うも ののアメリカは広いので、初めて訪れたと言ったほうが相応しいのだろう。 カリフォルニアは2度目だが、初体験と言ってもいい。事実、訪れた街である サンフランシスコは初めての場所であった。

宿泊したホテルの近くにチャイナタウンがあったので、遅い朝食を飲茶で済ま せようとブラブラと歩いて出かけて行った。
チャイナタウンの入口付近でマーチングバンドの行列とすれ違い、何かのイベ ントでもやっているのかなと思いながらも、たいして気にもとめずわたしは飲 茶の店をまっしぐらに目指したのだった。
ただ一つどうにも気になったのが、白いユニフォームを着た白人と黒人の入り 混じったマーチングバンドが、子どもの鼓笛隊のようにヘタクソな演奏をして おり、かなりチープに感じられたことだった。

中華レストランでは、お目当てのひとつであったマンゴープリンがワゴンにな かったことが唯一の心残りと思いつつ、美味しい飲茶で腹を満たしたわたしは 特に目的もなく再び付近をぶらついた。
奇妙な土産物などを笑いながら眺めたり、東アジア系の日用雑貨品などを興味 深く見物し、たいへんに面白く飽きることはなかった。

それにしてもサンフランシスコのチャイナタウンは想像以上に広く感じられた。 天安門事件の後に中国からの密入国者や亡命者が流れ着いたという話を耳にし たことがあったが、そのせいなのだろうか? 中華系の人口が膨れ上がりチャ イナタウン自体が拡大したのかも知れない。

しばらくして再びマーチングバンドに出会ったが、よく見るとそれは華僑の人 のお葬式であった。
先頭には故人を乗せたバンがゆっくりと走り、そのすぐ後には故人の遺影を掲 げたオープンカーがついて行く。遺影はハート型をしており、ピンク色のモー ルで縁取られるように飾り付けがなされており、ヒラヒラと風になびいていた。

さらにその後ろには10台以上の車が連なっており、それら後続車にはFUNERAL のプレートが貼られていたので、わたしは初めてお葬式であることを理解した のだった。
周囲をよく見回すと、FUNERALマーク入りのベストを着た警察官も立っていた。

葬列に参加している男性の額には、太いはちまきが巻かれており、わたしの目 には新鮮にうつった。新鮮というよりも珍妙というほうが適切かも知れない。 はちまきは白地に赤や金色の四角いワンポイント模様が入っており、遠目に見 ると日の丸のはちまきのようにも見え、まるで応援団のようだったのである。

そのお葬式パレードとは、わたしがチャイナタウンを出るときにもすれ違い、 彼らはチャイナタウンの周囲と内部をくまなく巡っていたようだった。
これはたいへんな権力者のお葬式なのかも知れないぞ、と思うほど派手に感じ られたのであった。
参列者はすべて中華系の人たちであったが、マーチングバンドは特別悲しい曲 を演奏するわけでもなく、ヘタクソな音楽を鳴らし続けながらチャイナタウン を練り歩き続けていた。

チャイナタウンを出てから、海の方まで歩いて行った。
この日はハイヤット・ホテルの前で記念撮影をする結婚式御一行様とも遭遇し、 彼らは皆楽しそうにはしゃいでいた。
わたしは結婚式や披露宴をしたことがないのでよく分からないのだが、新郎も 新婦もリラックスしているように見受けられ、こちらの気分まで楽しくさせて くれた。笑ってしまうほど、皆が有頂天になっているように見えたのだった。

その後も、途中でケーブルカーにでも乗ればいいか、と安易に考えてブラブラ と歩いていたのだが、ケーブルカーは満員で途中乗車ができなかったため、わ たしは勾配の激しいサンフランシスコの山を3個くらい歩いて越えるはめにな った。タクシーも繁華街まで出なければ見かけることすらなかったので、ひた すら歩く以外に術がなかったのである。

ヘトヘトになりながら宿泊先のホテルに戻ると、そこでも別のウェディングパー ティが行われおり、今日は見ず知らずの人々の冠婚葬祭に直面ばかりする日だ なぁ、と思った。

山登り状態で疲れきっていたわたしは、これ以上坂道をのぼり下りする気にな れず、夕食をホテル内のレストランで取ることにした。
お店は「トンガ・ルーム」という名の南国ムードでトンガな雰囲気らしいのだ が、わたしはトンガを知らないのでトンガなのか何なのかよく分からなかった し、料理はなぜだか中華という、これまたワケの分からなさであった。
そしてやっぱり不味かった。

店内はたいへん広く中央にプールがあり、ときどき雷が鳴り響き豪雨が降る仕 組みなっており、これがトンガか?とわたしは気になることしきりで、なかな か落ち着けなかった。
そのプールに屋根付きのイカダに乗ったバンドが登場したので、驚きながら見 守っていると演奏が始まった。
バンドはフィリピン人のように思われた。もしかしたら南米の人かも知れない が、アジアの雰囲気をわたしは感じていた。

さらに驚かされたのはバンドの演奏が始まるとお客がダンスフロアに集まり踊 り出したことだった。
しかも踊るのは老人ばかりで、スローな曲でのみ踊り、アップテンポの曲にな ると席に戻ってくるのである。
再びスローでメローな曲になると老人たちがワラワラと席を立ち踊りに行く。 その繰り返しであった。

中南米というよりは東南アジアという顔つきの大家族の子供が、踊る大人たち を見て心の底から素直に喜んでいたのが印象的だった。彼らが話す言葉はもち ろん英語ではなく、スペイン語であるとも思えなかったが、とにかく大はしゃ ぎをして喜んでいたのは伝わった。

踊る老人たちも大喜びの子供たちも、すべてが哀しく感じられ恐ろしかった。 わたしは行ってはいけない場所に行ってしまったような気持ちになっていた。

ホテルは100年近くも前からノブ・ヒルに建っているフェアモントというまず まず一流と言えるホテルであったが、お客もレストランも背筋が凍るほどヤバ かった。
アメリカも何か間違ったんだな、と思わずにはいられなかった。
これは洗練というものから果てしなく遠いもののヤバさといういう意味である。 わたしは胸が潰れそうな思いがして、早くその場を立ち去りたくて仕方がなく なったのであった。

「奥様は魔女」のサマンサは、こんなところでダーリンと踊って大喜びするの かも知れないけれど、ババアになってもわたしは絶対にイヤだと思うだろう。 人が楽しんでいることにケチをつけるのは心苦しいことだが、わたしは断固と して拒否したい。
「アメリカン・ビューティー」という映画には、そのような意味での拒否・拒 絶が含有されていたように思えてならない。




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