ここしばらく精神のバランスを崩しかけていて、コワイなコワイなと不安を抱
きながら一人過ごしていた。
というのは嘘で、本当は友人知人7〜8名を巻き込み、どうしたらいいんだ?
もうダメなんじゃないか、苦しいよぉ、などと弱音を吐きまくり、わたしは他
人に不安をバラまいていたのだった。
この不安は一過性のもので、すぐに消えてなくなるだろうと思っていたけれど、
2週間を過ぎたあたりから、かなりわたし自身も切羽詰った状態になり果て、
脳味噌興奮状態のまま、昼となく夜となく近所をうろうろと歩き回っていたの
だった。
それは五月病なので6月1日になったら治る、と断言した知人もいたけれど、
6月1日は遥か未来に感じられ、気が遠くなった。
また、わたしのことを躁鬱だ、と断言する友人が2名いて、人のことを病人扱
いしやがってコノヤローと納得の行かぬ思いをしたのであったが、話し合いの
末に躁鬱ではなく気分屋ということで両者合意するに至ったこともあった。
わたしは仕事柄生活が不安定かつ不規則で、自信を喪失することもしばしばで
あり、ときどきグラグラするほど不安に襲われるのである。
気持ちばかりが焦ってしまい、集中力を欠き、満足な仕事をすることができず、
このままどんどんダメな人間になって行くのではないかと感じてしまうのだっ
た。
何も解決されぬまま、わたしはハローワークへ出かけることを思い付いた。
職探しのためではない。失業者を見物するためである。
世の中には、自分よりも年齢が高く、仕事もなく、家族を養わなければならな
いのに、なかなか職に就けず、たいへんに過酷な毎日を送っている人が大勢い
る。彼等に比べたら、自分は恵まれていると思うことができるかも知れない。
そんな不謹慎な理由でハローワークへ行くなんて、ひどく自分は残酷な人間だ
と後ろめたさを感じたが、弱肉強食肉食獣ガォォォォォーッと独り言をつぶや
きながらトボトボ歩いて行った。
途中救急車とすれ違い、ああ自分はケガでも病気でもなく幸せだ、と無理矢理
に思い込もうと努力をしたり、泣き叫ぶ迷子とすれ違ったときには、あの子の
不安よりはましかも知れないと自分を励ましたりした。
ハローワークに到着すると、予想外に明るく活気のある場所で少し驚いた。パ
スポートを申請発行する旅券事務所の待合室に似ているように思われた。
あまり陰気な職安じゃあ、やっぱりダメだろうってことで、雰囲気作りに力を
入れているようだった。
来訪者たちは老若男女が勢ぞろいであったが、別段しみったれた様子もなく、
見るからに不幸そうな人はいなかった。
自分は少しガッカリしたけれど、どうせだから求人募集でも見てみるかと、タ
ッチパネル式のパソコンの前に座り、職探しを始めてしまった。
自分の性別や年齢を入力し、希望の職種を選択する。
ピコピコと検索を続けるうちに、わたしは少しばかり市原悦子に憧れているよ
うなところがあり、家政婦になりたくなってきた。
しかし、これは数が少ないうえ、どれも自動車の免許が必要なのである。
わたしは原付バイクの免許すら持っていないのでしぶしぶ諦めた。
何か面白そうで変わった職業はないものかと思いながら、さまざまな職種をラ
ンダムに検索してゆくうちに、ついにこれだッ!と直感できる職業を発見し、
ただちにプリントアウトした。
【仕事内容】頭髪を整髪し、男性かつらを装着する
そのような説明文が記載されていたのだった。
角刈りのわたし、七三分けのわたし、リーゼントのわたし、パンチパーマのわ
たし……、いろんな姿が頭のなかを駆け巡り、それはめくるめくような気持ち
良さで、うっとりとした。
わたしの性格から言っても、頭部だけではなく、それに合わせて声色や立ち居
振る舞いも変えることができるだろう。きっと先方さんもご満足に違いない。
これぞ適職! いや、天職かも知れぬ。
そのうえお給料までもらえるのである。夢のようだ。世の中、捨てたもんじゃ
ない。
たいへんに満足したわたしは、ゆったりとした気持ちでプリントアウトした求
人公開カードを眺めつつ、男性かつらを装着しながら活躍する自分を想像し、
それはまるでバラ色の人生だ、と気分が高揚した。
しかし、いつの間にかわたしは、
【仕事内容】お客さまの頭髪を整髪し、男性かつらを装着する作業
などと、文章をリライトしていた。
人の頭にフェイクなヘアを乗っける仕事は、それほど気が進まなかったが、そ
れまで重く暗くわたしの気持ちを支配していた不安感は霧のように消えうせ、
下手な説明文のおかげでずいぶん遊ばせてもらったなと感謝して、晴れやかな
気分となり帰宅したのであった。
やっぱり自分は気分屋なのかも知れない。あるいはもうすぐ6月だからか。